教室コラム#11 「今さらながら思うこと」

知り合いが肝癌で病悩期間約7年の末、亡くなった。もっと色々な話が聞きたかった。会って、直接話したかった。無理してでも、時間を作ってもっと会いに行けば良かった。いまだにお顔が浮かんでくる。

約1年前、病状が悪化したタイミングで、日曜日の午前に時間をかけて、病状を説明した。根治は難しいこと、これからは薬物療法がメインになること。ただ、予後に関しては、臨床試験の生存期間中央値として説明したにすぎない。ニュアンスとして1年は厳しいかも、という思いは伝わったかどうか?その後、一旦、腫瘍マーカーが減少する時期はあったもののファーストラインからセカンドライン、最終的にはフォースラインとなり薬物療法開始後約11ヶ月で亡くなった。「次の薬が効いてくれなかったら困る」とお話しされていた。一緒に一発逆転を祈ったものの、残念な結果となった。本当に無念だ。

 

薬物療法が格段に進歩したといっても、治癒する患者さんはほとんどいないのか?進行肝癌つまり腫瘍栓と肝外転移を伴った患者さんの予後は新規薬物療法を行ったとしても依然不良である。上記の病状で治癒する患者さんはごくわずかである。

今から振り返って、治癒できたタイミング、治療法はなかったのか?約6年間、何度も肝内転移を繰り返していた。肝外転移が出現する前の肝移植なら治癒が期待できたかもしれない。もちろん、肝機能は良好なので、ドナーがいたとしても自費の生体肝移植しか選択肢はないのだが。ただ1年に0-2回ぐらいの入院で、普通に日常生活を送っている患者さんにとっては、そんなハイリスクな治療は想像できないだろう。

欧米の肝癌治療のアルゴリズムをみると、2大治療は肝移植と薬物療法である。治癒のために、なんとか肝移植適応にするために、TACEや薬物療法によりダウンサイジングをはかる。ある基準までダウンサイジングできれば肝移植により治癒を目指す。その他は薬物療法である。ある意味合理的といえる。ただ、脳死ドナーが不足している、肝移植適応外である高齢者患者ばかりの日本ではどうする?肝移植の適応も、肝機能や年齢の縛りは緩和すべきで、今後は実際そのなっていくであろう。進行肝癌であっても薬物療法によるダウンサイジング後の肝移植も期待したい。

 

私の学生時代、本庶佑先生の生化学の講義を聴講した。「臨床家が救える患者はせいぜい数百から数千人だろうが、基礎研究者の発見は桁違いの患者さんを救える」とお話しされていた。実際、それを実行された。免疫チェックポイント阻害剤による治療も肝癌の薬物療法のファーストライン治療になった。それでも、私は目のまえの患者さんをひとりでも治癒に導きたい。そのためには、最新の知見を学ぼう、最新の技術を取り入れて実践しよう、患者さんの顔を見よう、そして耳を傾けよう。新年を迎えての誓いである。

「患者さんの希望を支える〜知識・技術・ハート〜」

 

2024年 1月 波多野 悦朗