我々の研究グループが現在取り組んでいる研究課題は次の二つです。
肝臓における「虚血再灌流障害」の予防と制御
虚血再灌流障害は、外科手術や臓器保存を含めた移植医療だけではなく、脳卒中や心筋梗塞といった病態においても、とても重要な課題です。
特に肝臓外科においては、「虚血再灌流障害の予防・軽減」と、「妥協なき精緻な手術手技」が、より安全な肝臓手術へ導く鍵となります。
我々の研究グループでは、肝虚血再灌流障害に起因する生体制御システムにおける免疫関連細胞間の相互作用の観点から研究を遂行し、その予防法の確立を目指しています。
脂肪肝グラフトと肝臓移植
近年の肝臓移植の臨床における問題の一つは、提供される肝臓グラフト数の不足とその肝臓グラフトの多くに脂肪肝変性が見られることであり、脂肪肝変性は移植成績を悪化させます。
我々のグループでは肝臓移植における虚血再灌流障害およびその解決法の開発に向けた研究を行うため、「マウスにおける肝臓移植モデル」の技術を継承しています。
さらに、脂肪肝グラフト移植の系を新たに確立し、脂肪肝グラフトの移植後生着期間の延長に向けた方策に関する研究を行っています。
研究内容紹介
「虚血再灌流障害」は、肝臓外科医にとって、手術手技以上に重要な克服すべきテーマです。
肝臓切除においては、肝門部の動門脈遮断(プリングル手技)に伴う温虚血再灌流障害が生じ、肝臓移植においてはグラフト肝を冷保存した後にレシピエントに移植する過程で、冷虚血・温再灌流障害が生じます。
これらの虚血再灌流障害は、状態の良くない肝臓(脂肪肝や肝硬変の肝臓)に起こると致命的となる可能性があるため、手術可否の制約となることがあります。
我々研究グループでは、2000年代より一貫して「虚血再灌流障害の克服」をテーマに研究を続けており、マウスでの虚血再灌流障害の主体は「無菌性の自然および獲得免疫反応」であることがわかってきました。
また、その免疫反応を制御する方法として、免疫checkpoint分子(TIM-3/Galectin-9、PD-1/PD-L1)やHMGB-1/TLR4経路、栄養療法(水溶性食物繊維・食事制限・ビタミンC/Eなど)の重要性を報告してきました(シェーマ参照)。
これらの知見を基に、我々研究グループでは、より安全で安心な肝臓外科手術を目指すべく現在は下記の研究テーマに取り組んでいます。
① マウス温虚血再灌流障害モデルを用いた肝細胞障害の予防に関する研究
我々は、短時間の食事制限 「fasting」という極めてシンプルな方法が、温虚血再灌流障害に有効であることを証明しました。fastingに付随して起こるどういった生理代謝反応が有効であるかを調べるために、メタボローム解析という手法を用いて肝臓内の代謝産物を網羅的に調べ、検出された物質に注目して研究を行っています。
検出された物質も温虚血再灌流障害を軽減しうることがわかり、現在詳細な作用機序を探索しています。
それらの物質はすでに臨床現場で使用されているものであり、インパクトが高いと考えています。
また、温虚血再灌流障害は冷保存温再灌流障害とは異なり、温虚血中に肝細胞の障害が強く起こることがわかっています。このことに注目し、温虚血のみで起こる障害についても改善を見込めないか現在検証中です。
温虚血のみで起こる障害を軽減することができれば、近年世界的に適応が広がっている心臓死ドナーのグラフト保存という観点からも有益と考えています。
②マウス脂肪肝移植モデルを用いた冷保存・温虚血再灌流障害に関する研究
日本を含めて世界中で脂肪肝の有病率が年々上昇しています。脂肪肝グラフトを用いた肝移植は、以前より脳死肝移植において行われてきましたが、中等度以上の脂肪肝グラフトを用いる移植はPrimary non function(移植後肝臓が機能しないこと。虚血再灌流障害が原因とされる。)が高率に発生するため禁忌とされてきました。
近年の医療技術の発展に伴い、中等度の脂肪肝グラフトでも移植できる可能性が報告されつつありますが、まだヒトでは臨床試験レベルです。
そこで我々は、世界に先駆けてマウスでの脂肪肝グラフト移植モデルの確立に成功し、脂肪肝グラフトを移植した際におこる虚血再灌流障害の詳細な機序を探索しています。
冷保存・温虚血再灌流障害においては、冷保存により障害を受けた肝臓組織から放出されたDAMPsがマクロファージを活性化することで無菌性免疫反応を惹起させると言われています。
しかし、脂肪滴の沈着を大量に認める脂肪肝グラフトでは、正常肝と比べて肝臓内の代謝産物が異なることから、別の機序での障害が予想されます。
これまでは、ラットでの実験モデルが多く詳細な機序解明が難しかった背景があり、マウスを用いることで飛躍的に機序解明が進むと思われます。
マウス肝移植手技は、世界でも実施可能施設が限られており、1施設に2名実施可能な現在の体制は世界的にも稀有なものとなっています。移植モデルは腫瘍モデルと異なり、ヒト臨床に近い実験モデルを構築することが可能です。ヒト肝移植に近いマウス肝移植モデルが安定して実施できる体制を生かし、マウスとヒトの双方を用いたトランスレーショナル研究を積極的に実施していく予定です。
③短鎖脂肪酸および腸内細菌叢が虚血再灌流障害に与える影響に関する研究
ヒト臨床栄養において、中鎖脂肪酸や長鎖脂肪酸の有効性に関してはエビデンスが蓄積されガイドラインなどにも踏襲されていますが、短鎖脂肪酸や腸内細菌叢に関する研究はまだ歴史が浅く、現在とても注目されている研究領域です。
短鎖脂肪酸は、摂取した食物繊維から腸内細菌叢によって生成され、肝臓や腸管上皮に好影響を与えることがわかっています。
我々研究グループでも、イヌリンという水溶性食物繊維から生成されるプロピオン酸という短鎖脂肪酸が、肝虚血再灌流障害を軽減することを2022年に報告(Frontiers in Immunology)しました。
これらの知見を基に、我々研究グループでは各企業と連携をとり、短鎖脂肪酸製剤の臨床応用に向けた研究、生体肝移植周術期における腸内細菌叢の改善に向けた研究に着手しています。
とくに肝移植患者では腸内細菌叢の「乱れ」が指摘されており、腸内細菌叢の改善と短鎖脂肪酸による虚血再灌流障害の軽減は、肝移植成績を向上させうると考えています。
現在の研究グループの活動
当研究グループでは、2010年より大学院生を受け入れ、2012年からは田附興風会医学研究所(北野病院:下記参照)と連携大学院システムを構築し、これまでに計7名の大学院生/研究生を受け入れ、4名の医学博士を輩出してきました(3名は研究中)。
うち2名は学位(医学博士)取得後、虚血再灌流障害のトップリーダーである米国カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)に留学し、帰国後は大学院や国外留学で得られたリサーチマインドを軸にクリニカルクエスチョンを大切にしながら大学院生の指導を行っています。
大学院生は、外科医であることを生かした動物実験を主軸にした基礎研究を行っています。
北野病院との連携大学院システムにより、各種解析技術に関する手厚いサポートのある環境下で学位取得を目指します。国外留学に関しては、国際的視野を広げ、ソーシャルスキルならびにグローバル思考を持っ”Academic Surgeon”になることを目標としています。
現在当科より2名(小島秀信・姚思遠)がUCLAにて研鑽を積んでいます。(2023年6月時点)
研究メンバー(11名):
- 内田洋一朗(講師)、影山詔一(助教)、中村公治郎(客員研究員)、門野賢太郎(医員:2022年9月帰学)、平尾浩史(客員研究員:2023年2月帰学)、川本浩史(研究生)、嵯峨謙一(研究生)、田中康介(大学院生)、渡邊武(九州大学免疫学名誉教授、京都大学医生物学研究所)、宮内智之(客員研究員:医学研究所北野病院)、川添准矢(客員研究員:医学研究所北野病院)
- 田附興風会医学研究所(北野病院)ホームページ:
代表的な研究業績
- Hirao H, Kojima H, KJ Dery, Nakamura K, Kadono K, Zhai Y, DG Farmer, FM Kaldas, JW Kupiec-Weglinski Neutrophil CEACAM1 determines susceptibility to NETosis by regulating the S1PR2/S1PR3 axis in liver transplantation. J Clin Invest. 133(3) e162940. 2023
- Kawasoe J, Uchida Y, Kawamoto H, Miyauchi T, Watanabe T, Saga K, Tanaka K, Ueda S, Terajima H, Taura K, Hatano E.
Propionic acid, induced in gut by an inulin diet, suppresses inflammation and ameliorates liver ischemia and reperfusion injury in mice
Front Immunol. 13:862503(1-12), 2022 - Hirao H, Nakamura K, JW Kupiec-Weglinski Liver ischaemia–reperfusion injury: a new understanding of the role of innate immunity Nat Rev Gastroenterol Hepatol. 19:239-256, 2022
- Kawasoe J, Uchida Y, Miyauchi T, Kadono K, Hirao H, Saga K, Watanabe T, Ueda S, Terajima H, Uemoto S.
The lectin-like domain of thrombomodulin is a drug candidate for both prophylaxis and treatment of liver ischemia and reperfusion injury in mice
Am J Transplant. 21:540-551, 2021 - Hirao H, Ito T, Kadono K, Kojima H, BV Naini, Nakamura K, Kageyama S, RW Bustill, JW Kupiec-Weglinski, FM Kaldas Donor Hepatic Occult Collagen Deposition Predisposes to Peritransplant Stress and Impacts Human Liver Transplantation Hepatology. 74:2759-2773, 2021
- Miyauchi T, Uchida Y, Kadono K, Hirao H, Kawasoe J, Watanabe T, Ueda S, Okajima H, Terajima H, Uemoto S.
Up-regulation of FOXO1 and reduced inflammation by β-hydroxybutyric acid are essential diet restriction benefits against liver injury.
Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 116:13533-13542, 2019 - Uchida Y
Investigations into ischaemia and reperfusion injury
Impact. 2019:18-20,2019 - Miyauchi T, Uchida Y, Kadono K, Hirao H, Kawasoe J, Watanabe T, Ueda S, Jobara K, Kaido T, Okajima H, Terajima H, Uemoto S.
The preventive effect of antioxidative nutrient-rich enteral diet against liver ischemia and reperfusion injury.
J Parenter Enteral Nutr. 43:133-144, 2019 - Kadono K, Uchida Y, Hirao H, Miyauchi T, Watanabe T, Iida T, Ueda S, Kanazawa A, Mori A, Okajima H, Terajima H, Uemoto S.
Thrombomodulin Attenuates Inflammatory Damage Due to Liver Ischemia and Reperfusion Injury in Mice in Toll-Like Receptor 4–Dependent Manner
Am J Transplant. 17:69-80, 2017 - Hirao H, Uchida Y, Kadono K, Tanaka H, Niki T, Yamauchi A, Hata K, Watanabe T, Terajima H, Uemoto S.
The protective function of galectin-9 in liver ischemia and reperfusion injury in mice.
Liver Transpl. 21:969-81, 2015 - Zhai Y, Uchida Y, Ke B, Ji H, Kupiec-Weglinski JW.
Ischemia and reperfusion injury (Chapter7)
Transplant Immunology, Edited by Xian Chang Li and Anthony M. Jevnikar.
First Edition, 128-141, 2015 - Ohe H, Uchida Y, Yoshizawa A, Hirao H, Taniguchi M, Maruya E, Yurugi K, Hishida R, Maekawa T, Uemoto S, Terasaki PI.
Association of anti-HLA and anti-Angiotensin II Type 1 Receptor Antibodies with Liver Allograft Fibrosis after Immunosuppression Withdrawal.
Transplantation. 98:1105-11, 2014 - Jobara K, Kaido T, Hori T, Iwaisako K, Endo K, Uchida Y, Uemoto S.
Whey-hydrolyzed peptide-enriched immunomodulating diet prevents progression of liver cirrhosis in rats.
Nutrition. 30:1195-207, 2014 - Miyagawa-Hayashino A, Yoshizawa A, Uchida Y, Egawa H, Yurugi K, Masuda S, Minamiguchi S, Maekawa T, Uemoto S, Haga H.
Progressive graft fibrosis and donor-specific HLA antibodies in pediatric late liver allografts.
Liver Transpl. 18:1333-1342, 2012 - Chestovich PJ, Uchida Y, Chang W, Ajalat M, Lassman C, Sabat R, Busuttil RW, Kupiec-Weglinski JW.
Interleukin-22: Implications for Liver Ischemia-Reperfusion Injury.
Transplantation. 93:485-492, 2012 - Freitas MC, Uchida Y, Lassman C, Danovitch GM, Busuttil RW, Kupiec-Weglinski JW. Type I Interferon Pathway Mediates Renal Ischemia/Reperfusion Injury.
Transplantation. 92:131-138, 2011 - Shen XD, Ke B, Uchida Y, Ji H, Gao F, Zhai Y, Busuttil RW, Kupiec-Weglinski JW.
Native macrophages genetically modified to express heme oxygenase 1 protect rat liver transplants from ischemia/reperfusion injury.
Liver Transpl. 17:201-210, 2011 - Ji H, Shen X, Gao F, Ke B, Freitas MC, Uchida Y, Busuttil RW, Zhai Y, Kupiec-Weglinski JW. Programmed death-1/B7-H1 negative costimulation protects mouse liver against ischemia and reperfusion injury.
Hepatology. 52:1380-1389, 2010 - Shen X, Reng F, Gao F, Uchida Y, Busuttil RW, Kupiec-Weglinski JW, Zhai Y.
Alloimmune activation enhances innate tissue inflammation/injury in a mouse model of liver ischemia/reperfusion injury.
Am J Transplant. 10:1729-1737, 2010 - Uchida Y, Ke B, Freitas MC, Yagita H, Akiba H, Busuttil RW, Najafian N, Kupiec-Weglinski JW.
T-Cell Immunoglobulin Mucin-3 Dictates Severity of Liver Ischemia/Reperfusion Injury in Mice in a TLR4-Dependent Manner.
Gastroenterology. 139:2195-2206, 2010 - Freitas MC, Uchida Y, Zhao D, Ke B, Busuttil RW, Kupiec-Weglinski JW.
Blockade of Janus kinase-2 signaling ameliorates mouse liver damage due to ischemia and reperfusion.
Liver Transpl. 16:600-610, 2010 - Uchida Y, Ke B, Freitas MC, Ji H, Zhao D, Benjamin ER, Najafian N, Yagita H, Akiba H, Busuttil RW, Kupiec-Weglinski JW.
The emerging role of T cell immunoglobulin mucin-1 in the mechanism of liver ischemia and reperfusion injury in the mouse.
Hepatology. 51:1363-1372, 2010 - Uchida Y, Freitas MC, Zhao D, Busuttil RW, Kupiec-Weglinski JW.
The protective function of neutrophil elastase inhibitor in liver ischemia/reperfusion injury.
Transplantation. 89:1050-1056,2010 - Uchida Y, Freitas MC, Zhao D, Busuttil RW, Kupiec-Weglinski JW.
The inhibition of neutrophil elastase ameliorates mouse liver damage due to ischemia and reperfusion.
Liver Transpl. 15:939-947, 2009